広島高等裁判所岡山支部 昭和39年(ネ)176号 判決 1966年10月14日
控訴人・被告 竹上一男
訴訟代理人 平岡義雄
被控訴人・原告 小河正吉 外三名
訴訟代理人 笹田英男
主文
一、原判決を次のとおり変更する。
二、控訴人は、被控訴人らが共有持分権を有する新見市法曾字天王の平四九四四番の第二保安林六町九反六畝二九歩の内、原判決添付図面表示のN点よりうね伝いにA、Bの二点を経てC点に至り、同点より谷川の中心線に従つてD点に、同点よりさらにうね伝いにE、F、G、Hの各点を経てI点に達し、同点より山腹をJ、K、L、Mの各点を経てN点に及ぶ範囲につき、被控訴人らの共有持分権の行使を妨害してはならない。
三、控訴人は、被控訴人小河正吉に対して三九五四円五四銭、同大谷勲、同森多重に対して各二六三六円三六銭、同逸見公に対して一三一八円一八銭および右各金員に対する昭和三四年二月一一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
四、被控訴人らのその余の請求を棄却する。
五、訴訟費用は一、二審を通じてこれを一〇分し、その六を控訴人の、その四を被控訴人らの負担とする。
事実
一、双方の申立て
1 控訴人の求める裁判
「原判決のうち控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの訴えを却下する(予備的に、被控訴人らの請求を棄却する)。訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決
2 被控訴人らの求める裁判
「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決
二、双方の主張と証拠
当事者双方の主張および証拠の提出・援用・認否は、左記のとおり双方の主張を補充し、また原審において控訴人がその本人尋問を求め、当審において被控訴人らが証人片山助市および被控訴人小河正吉本人の尋問を求めたことを付加するほか、原判決事実摘示に記載するところと同一である(ただし、原判決三枚目二行目に「以東」とあるのを「以西」と訂正する)から、これを引用する。
1 被控訴人の主張の補充
イ 原判決添付図面表示の大松N点よりうね伝いにA点(松古株)、B点(三ツ岩の西端の岩の中心)を経て、C点において谷川の中心線と交叉し、谷川に沿つてD点に至り、ここより南下してE点(後述)、さらにうね伝いにF点(後述)、G点、H点(松伐根)を経て、うね上の(二股松より五メートル離れた)I点に達し、ここより山道下の山腹を東進してJ点、K点(控訴人のいう境界石)、L点(炭がま跡)、M点を経て前記N点(大松)に及ぶ範囲の土地(以下これを本件係争地という)は、第二山林(新見市法曾字天王の平四九四四番の第二保安林六町九反六畝二九歩)の一部であり、被控訴人四名ほか多数の共有地である。
ロ 本件係争地の西側を限るDEFGHIのうねの線は、その以西の旧萬歳村大字荻尾(現哲多町大字荻尾)と以東の旧法曾村(現新見市法曾)との村界で、前記F点の松古木は村境の境松であり、E点は旧保安林標柱である。
ハ 被控訴人四名ほか共有の第二山林は前記N点において控訴人所有の第一山林(同番の第一山林五町九畝二〇歩)と接しているが、N点から山道に至るまでの両地の境界は前掲図面表示のNP線である。
2 控訴人の主張の補充
被控訴人の主張イの本件係争地は第一山林の一部で控訴人の所有である。
同ロ、ハの事実は認める。
また被控訴人主張の請求原因事実のうち、控訴人が本件係争地内の雑木を伐採したこと、伐採跡の前掲図面表示の青縦線部分(杉檜植林地帯と表示した範囲)に植林したこと、は認める。
しかしながら、被控訴人四名が第二山林の共有者の一部にすぎないことは、その自認するところであるから、被控訴人四名のみをもつてしては、経界確定の訴訟が許されないことはもちろん、経界の確定を前提とする本件予備的請求のごときも許されないものというべきである。本件において被控訴人らが妨害排除を求める第二山林の範囲は、それと控訴人所有の第一山林との経界の確定をまつて初めて明らかにされるのであつて、経界確定の訴訟そのものであると否とにかかわらず、経界の確定を求める訴訟行為じたいが共有者全員の総意によらなければ許されないとするのが、民法二五一条の法意であろう。また、本件のように共有物の範囲の不明確な場合は、民法二四九条の適用なく、まず経界確定の訴訟によりその範囲を明確にして初めて、同条の適用あるものと解すべきである。
理由
控訴人が第一山林を所有し、被控訴人四名が訴外人とともに第二山林を共有すること、右両地が接続すること(両地の経界線のうち、原判決添付図面表示の山道よりN点の大松に至る部分のそれは、同表示のPN線であること)は、当事者間に争いがない。
一、控訴人の本案前の抗弁について
被控訴人らは原審において、右両地の経界の確定を主位的に訴求したが、不適法として却下され、共有持分権に基づく妨害排除の予備的請求を認容された。控訴人は、経界確定の訴求が許されぬ以上、本件のように経界の確定を前提とする予備的請求も許されない、として種々抗争する。
しかし、経界確定の訴訟がいわゆる固有必要的共同訴訟に属するか否かは別として(被控訴人らは主位的請求の排斥につき不服の申立てをしない)、共有持分権は共有物の全部に及ぶのである(民二四九)から、土地の共有者は、その土地の一部が自己の所有に属すると主張する第三者に対し、各自単独で、係争地が自己の共有持分権に属することの確認を訴求しうるものと解すべく、たまたま当該第三者が隣地の所有者であり、係争地の帰属の判定が両地の経界いかんの認定にかかつていたとしても、後者はたんに前者の先決問題たるにすぎず(したがつて、その判断も判決の理由中で示されるにとどまる)、なんら前記の結論を左右するものではない。控訴人は、経界確定の訴訟そのものであると否とを問わず、共有者全員の総意によらなければ経界の認定も許されないといい、また共有物の範囲が不明確である場合は民法二四九条の適用がないと主張するが、独自の見解であつて採用できない。
本件の予備的請求は、共有持分権の及ぶ土地の範囲の確認それ自体を求めるものではなく、いわばその範囲の確認を先決問題として(より正確には、本件係争地が共有地に含まれることを前提として)、隣地所有者たる控訴人に対し、本件係争地に対する妨害排除を求めるものであるが、かかる場合ももとより、共有者は各自単独でこれを訴求しうるものと解すべきである。けだし、共有持分権は共有物の全部に及ぶものであつて、各共有者はそれぞれ自己の持分権ないしこれに基づく使用権を侵害されたものというべく、係争地(共有物)全部の上の妨害を排除することなくしては、係争地の円満な状態を回復できないからである。
なお、控訴人は、被控訴人らの本訴請求の全部につき、これを不適法として訴却下の判決を求めると申し立てるのであるが、その主張の要点は、共有地については共有者全員をもつてしないかぎり、経界確定の訴訟はもとより、経界の認定も許されないとするにあり、その採用し難いことは前述のとおりであるから、控訴人の本案前の申立てはすべて失当として排斥を免れない。
二、本件係争地の帰属について
1 第一山林と第二山林が接続すること、原判決添付図面表示の山道よりN点(大松)に至る間の両地の経界がPN線であることは、前述のとおりである。そして両地のその余の経界は、控訴人の主張によれば山道下の山腹北側をN点よりM、L(炭がま跡)、K(石)、Jの各点を経て二股松Qより五メートル離れたうね上の地点Iに至る線であり、被控訴人の主張によればN点よりうね伝いにA(松古株)、B(三ツ岩の西端の岩の中心)を経て、これが谷川の中心線と交わる点Cに至る線である。よつて以下、係争地が両地のいずれに属するかの点につき検討する。
2 成立に争いのない甲二号証の一、二(切絵図の証明書)、原審における被控訴人小河正吉の供述により真正に成立したものと認められる同三号証、同供述および原審証人片山助市の証言により真正に成立したものと認められる同四号証ならびに右証言。供述を綜合すると、第一山林と第二山林とは、新見市法曾字田上山四九五〇番保安林とともにもと一筆の山林であつたのを、明治二九年の国土保安林編入のための便宜から実測のうえ分割され、同三一年四月ころ第二山林が保安林に編入されたものであるが、第二山林から第一山林の北方にかけて右四九五〇番保安林があること、第二山林の西方から北方にかけての隣地との経界線は、同時に旧荻尾村境にも当たるが、この旧村境は第二山林の北東部分から右四九五〇番保安林の北辺につながり、第一山林は旧村境に接していないことが認められるのであり、本件係争地の西側隣地との経界であるDEFGHI線が旧荻尾村境であること、F点の松古木が村境の境松であること、E点が旧保安林標柱であることは、当事者間に争いがない。
3 そして、この事実に前掲各甲号証、原審証人小梶勝三郎、原審および当審証人片山助市の証言、原審および当審における被控訴人小河正吉本人の供述ならびに原審における検証の結果を綜合すると、第一山林と第二山林との経界は被控訴人ら主張のNABC線で、係争地は第二山林の一部であること、被控訴人らは昭和一五年ころ第二山林の一部を伐採した際、前掲図面表示の山道より南を伐採して以北を残し、さらに昭和二二年ころ控訴人主張のIJKLMN線までを伐採して、その以北を残したが、これは第二山林が保安林(水源涵養林)であるため、当初から伐採許可申請の範囲を限定したもので、許可申請も第一山林との経界一ぱいでなく、かなりの余裕を置いた局部的な申請となつていること、を認めることができる。
4 原審証人笹川甚太郎、竹上市之助(一、二、三回)の証言および原審における控訴人本人の供述中これに反する部分は、前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない(乙号各証が控訴人の主張を支持する証左となりえないことは、原判決理由に説示するとおりである)。
5 以上により、本件係争地は第二山林の一部として、被控訴人四名ほかの共有に属するものといわなければならない。
四、妨害排除の請求について
控訴人が本件係争地内の雑木および前掲図面表示のA点の松立木を伐採し、伐採跡の同図面表示の青縦線部分(杉檜植林地帯と表示した範囲)に植林をしたことは、当事者間に争いがなく、これが本件係争地に対する被控訴人らの共有持分権ないしこれに基づく使用権の侵害たることは、多言を要しない。したがつて、被控訴人らが本件係争地の共有者として各自、控訴人に対し、本件係争地の使用その他、共有持分権の行使に対する妨害の禁止を求めるのは、もとより正当として認容すべきである。
五、損害賠償の請求について
1 控訴人が本件係争地内の雑木およびA点の松立木を伐採したことは、前述のとおりであるから、控訴人はこれにより被控訴人らの被つた損害を賠償すべき義務がある。よつて、以下その損害の額について検討する。
2 原審における控訴人本人の供述により真正に成立したものと認められる乙一号証、原審証人山本逸男、竹上市之助(三回)の証言および右控訴人本人の供述によると、控訴人が本件係争地内の雑木およびA点の松立木を伐採したのは、昭和二九年一月ころから三月ころまでのことと認められる(原審における被控訴人小河正吉本人の供述中これに反する部分は採用できない)のであつて、当時における本件係争地内の雑木の価格は、前記山本の証言により七万円、松立木の価格は前記被控訴人小河の供述により五〇〇〇円と認めるのが相当である。
前記山本の証言によると、控訴人が伐採した雑木は薪炭材で、控訴人はこれを使用して炭を焼いたものであり、控訴人の雑木伐採により被控訴人四名ほか共有者の通常被るべき損害は、右七万円を出るものではない。被控訴人らの損害についての主張は、訴状の記載によつても、伐採時における立木の価格を本件係争地内の雑木につき一〇万円というのであり、特別事情による損害の発生については、なんら主張するところがない(ちなみに、本件係争地と山道との間の雑木が、昭和二二年ころ被控訴人四名ほか共有者の意思に基づいて伐採されたことは、前述のとおりであるが、原審証人三上利己の証言によれば、これも炭焼きに使用されたものであり、他に特段の事情の認められない本件においては、本件係争地内の雑木の伐採が、薪炭材用立木の伐採として時期を誤つたものと見るべき根拠もない)。また松立木は境木と認められるので、第一山林の所有者たる控訴人と折半し、その半額二五〇〇円を損害と認める。
3 控訴人は、以上合計七万二五〇〇円の損害を賠償すべきであるが、これは被控訴人四名のほか訴外人をも含む共有者全員に対する賠償額である。被控訴人らはこれを全額、自己ら四名に支払うべきことを訴求するが、これを肯認すべき根拠を欠く。控訴人の伐採にかかる立木は共有に属するものであるから、これに関する保存行為は共有者各自これをなしうる(民二五二)が、共有立木の伐採による損害賠償債権の行使は、右にいう「保存行為」に該当せず。また不可分債権(民四二八)にも当らない。共有者は各自その持分に応じてこれを行使すべきである。
被控訴人らは、また、給付請求が不可であれば確認を求めるというけれども、全額の給付を不可とする理由は、確認の請求についても妥当する。被控訴人四名は各自その持分に応じた損害賠償債権を単独に取得したものであるから、これを自ら控訴人に対して行使すれば足り、他の共有者の債権の確認を求める利益も認め難い。
4 成立に争いのない甲一号証、同六号証の一、二、四、同七号証の一なし三、同八号証の一、二、末尾名下の印影が前記六号証の四の「小河」の印影と同一であるので、反証のない以上、真正に成立したものと推定される同六号証の三および弁論の全趣旨によると、被控訴人四名は、第二山林につき各自その主張のとおりの持分(小河五五分の三、大谷五五分の二、森五五分の二、逸見五五分の一)を有することが認められる。
5 これによると、控訴人の支払うべき賠償額は、被控訴人小河正吉につき三九五四円五四銭、同大谷勲、森多重につき各二六三六円三六銭、同逸見公につき一三一八円一八銭となることが、計数上あきらかである。
なお、被控訴人主張の経過で本訴が提起されたことは、控訴人の明らかに争わないところであるから、これを自白したものと看做すべく、本訴の提起が昭和三五年三月九日であることは記録上、明白であるから、控訴人は民事調停法一九条により、前記各金員につき調停申立ての翌日(昭三四・二・一一)以降、民法所定の年五分の割合による損害金を付加して支払う義務がある。
六、結語
以上により、被控訴人らの本訴請求は、妨害の排除および各自の持分に応じた損害金およびこれに対する遅延損害金の支払を求める限度において正当であるが、その余は確認の第二次予備的請求を含めて、すべて失当として棄却すべきである。
よつて、これと異なる限度において原判決を変更することとし(なお、原判決主文一項の文言を適正を期する趣旨で訂正し)、訴訟費用の負担につき民訴九六条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 林歓一 判事 可部恒雄 判事 八木下巽)